これは、最適化しすぎて壊れた人間の記録だ。
2023年、ChatGPTが登場した。翌年にはClaude、Gemini、Cursor、Devinと、AIツールが次々に出てきた。私も飛びついた。プロンプトを研究し、ワークフローを組み替え、毎日「もっと効率的に」を追いかけた。結果、2025年のある日、PCの前に座れなくなった。
この記事では、その過程で経験したことと、いまわかっていることを整理する。誰かの参考になるかはわからない。でも少なくとも、自分がどうやってここまで戻ってきたかの記録として残しておく。
最適化疲れの反動とは
「Over-Optimization Backlash(最適化疲れの反動)」という言葉を初めて聞いたのは、同僚に教えてもらったときだった。Global Wellness Summitの2026年トレンド第2位に挙げられているという。へえ、名前がついてたんだと思った。
それまで自分の中では「なんかもう無理」としか表現できていなかった。AIにいろいろ任せて、ツールも増えて、全部が速くなったはずなのに、自分自身はどんどん消耗していく。その矛盾に名前がついたことで、少し呼吸が楽になったのを覚えている。
何が起きているのか
最適化疲れは、一つの原因で起きるわけではない。複数の要素が重なって、じわじわと蓄積していく。
AIが仕事を奪うのではなく、判断を奪う
AIがコードを書いてくれるのは便利だ。でも、AIが書いたコードをレビューし、修正し、またレビューする。このサイクルを一日中続けていると、自分が「考えること」から遠ざかっていくのに気づく。AIに判断を委ねることに慣れると、自分で判断する力が落ちる。これが「認知的降伏」だ。
AIが便利すぎるからこそ、人間の判断力はむしろ試される。でもそのことに気づくのは、たいてい消耗しきってからだ。
ツールの掛け持ちが認知コストを上げる
ChatGPT、Claude、Gemini、Cursor、Devin、Notion、Obsidian、Slack、Figma、GitHub。便利なものはすべて使いたくなる。でも、ツールを切り替えるたびに、脳はコンテキストスイッチを強いられる。
私は2025年のある時期、AIツールを4つ同時に使い分けていた。それぞれの得意分野が違うからだ。結果、ツールの切り替えそのものに疲れて、何も手につかなくなった。いまはAIツールの掛け持ちをやめて一つに絞っている。
常時接続が脳を休ませない
リモートワークになって、仕事と生活の境界がなくなった。Slackは常に開いている。PRの通知はスマホに届く。土曜の朝、なんとなくPCを開いてコードをいじる。休んでいるつもりなのに、脳は常に問題解決モードで回っている。
この状態が数ヶ月続くと、休日に休めなくなる。車中泊で強制的にオフにする習慣を始めたのはその対策だ。家にいるとどうしてもPCを開いてしまうから、物理的に離れるしかなかった。
最適化疲れの症状
自分や周囲のエンジニアを見ていて、以下のパターンが共通していた。
| 症状 | 具体例 |
|---|---|
| 決定疲労の慢性化 | ランチを何にするかすら決められなくなる。些細な判断に異常に時間がかかる |
| 休んでも回復しない | 週末に十分寝ても、月曜の朝から疲れている。「休み方」を忘れている |
| AIの出力を信じすぎる | 自分で検証せずにAIの出力をそのまま受け入れる。考えないことに慣れてしまう |
| ツール疲れ | 新しいツールの情報を見ると、試さなければいけない気がして心が重くなる |
| 趣味がなくなる | 休日に何をしていいかわからない。コードを書かないと落ち着かないが、書いても楽しくない |
| イライラが増える | 家族や同僚のちょっとした言葉に過剰に反応する。余裕がない |
なぜエンジニアに多いのか
最適化はエンジニアの職業病みたいなところがある。
コードを書く仕事は、つねに「もっといいやり方がある」を探すことでもある。リファクタリング、パフォーマンスチューニング、自動化。それ自体は悪くない。でも、その思考パターンを自分の生活にまで適用し始めると、終わりがなくなる。
睡眠を最適化し、食事を最適化し、運動を最適化し、人間関係までKPIで管理しようとする。一時期、自分もRescueTimeでPCの使用時間を計測し、Apple Watchで睡眠と運動をトラッキングし、Notionで日々のタスクを管理していた。全部が数値化され、「もっと改善できる」と言われている気がして、休まらなかった。
エンジニアは「問題があれば解決策がある」という前提で生きている。でも、最適化疲れの面倒なところは、解決策を探すこと自体が問題の一部になっている点だ。
どう向き合ってきたか
以下のことは、すべて実際に自分が試して、いまも続けていることだ。どれも劇的な解決策ではない。むしろ地味で、すぐには効果が出ないものばかりだ。でも、そういうものの積み重ねでしか回復しなかった。
判断の数を減らす
毎日数百回の判断をしていると言われている。何を着るか、何を食べるか、どのタスクからやるか。これらの判断を全部やっていると、肝心の仕事に頭を使えなくなる。
私はリモートワークの服装をツナギ一着に固定した。朝、何を着るか考えなくていい。これだけで驚くほど頭が軽くなった。服の選択という小さな判断を一つ外しただけで、一日の始まりかたが変わった。
物理的に制限する
意志の力で「休もう」と思っても休めなかった。だから物理的に休まざるを得ない状況を作った。
週末の車中泊では、PCやデスクのない場所に身を置く。日々のリセットには冷たいシャワーで強制的に脳の過熱を冷ます。机の上を片付けて大きなモニター一枚だけにすることで、視覚的ノイズを減らした。全部、環境を変えることで自分の行動を変えるやり方だ。
アナログに戻す
Notion、Obsidian、Apple Notes。全部試した。最終的に残ったのは紙のノートだった。デジタルツールには「いつでも編集できる」という罠がある。それがかえって整理を先延ばしにする。
紙のノートは、書き直せないぶん、書く前に考える。その一手間が、殴り書きと清書の2冊使いにつながった。AI時代に人間がやるべきは「何を残し何を捨てるか」の判断で、それを鍛えるのに紙はよく効く。
人間と話す
AIとだけ壁打ちしていると、会話がすべて目的志向になる。指示と結果。これだけだと人間らしさが抜け落ちていく。
コンビニの「袋いりますか?」でいいから人間と話すこと。Slackで用件のついでに一言余計なことを書くこと。雑談には脳のバッファをクリアする作用がある。AIと話す前に、まず誰かと話す。
身体を大事にする
認知負荷と身体の状態は直結している。肩がこっていると集中できないし、腰が痛いとイライラする。当たり前の話だが、追い込まれているときほど見落とす。
分割キーボードにして肩こりが減った。ブドウ糖タブレットは、集中が切れたときの応急処置として手元に置いている。コーヒーは道具を変えることで量が自然と減った。音響設備に少し投資したら、オンラインミーティングの疲労が減った。
長期実験としての記録
このブログ自体が、最適化疲れからの回復プロセスを記録するためのものだ。2025年にバーンアウトしかけた経験から、AIにコードを書かせる前提で、人間がどう働き続けるかを試している。
一度やった作業をAIに抽象化させて残す習慣も、AIに責任を渡さないという線引きも、すべてこの実験の一部だ。AIがどれだけ進化してもエンジニアに必要なことは変わっていないし、AIはよくできたペンでしかない。
これらの小さな習慣と気づきの積み重ねが、いまの自分をなんとか動かしている。
結局のところ
最適化疲れの反動は、特別な人にだけ起きる現象ではない。むしろ、真面目に仕事と向き合っている人ほど陥りやすい。効率を求め、改善を繰り返し、もっといいやり方を探す。その結果、自分自身の容量を超えてしまう。
解決策は「最適化をやめること」ではない。それはエンジニアという職業の否定になる。そうじゃなくて、最適化する対象を選ぶことだ。全部を最適化しようとしない。本当に大事なことにだけエネルギーを使い、あとはまあまあでいいと割り切る。
自分はまだその途中だ。たぶんこれからもずっと、最適化したくなるときと、壊れそうになるときを行ったり来たりすると思う。でも少なくとも、そのパターンに名前がついたことで、自分がどこにいるのかを認識できるようになった。
このブログはその記録だ。同じように疲れている誰かの、少しでも参考になればと思う。
今日からできることは一つだけ。
いま使っているツールや習慣のなかで、「本当に必要かどうか、最近考えたことがないもの」を一つ見つけて、一日だけやめてみてほしい。それだけで、「なんのためにやっていたんだろう」と気づくことがある。その気づきの積み重ねが、最適化疲れから抜ける最初の一歩になる。