この記事でわかること

  • AIにコードを任せる5ヶ月間の数値変化(レビュー負荷・アウトプット・エネルギー消耗)
  • コードを書かなくなった先に得たものと失ったもの
  • エンジニアとしての新しい価値の見つけ方

この実験について

  • 開始日: 2026-01-05
  • 目的: AIを使役してコードを書かせ、自分では一行もコードを書かない。その縛りの中でエンジニアとしてどう立ち回るか検証する
  • 計測項目: レビュー負荷(1-10)、アウトプット量(1-10)、エネルギー消耗感(1-10)

AIにコードを書かせ続けると、エンジニアはどう変わるのか

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2025年12月、周囲から「Claudeがいいらしい」という話を聞くようになった。AIがコードを書いてくれるらしい。それが具体的にエンジニアの仕事をどう変えるのか、想像がつかなかった。

正月休みに入って、ちょっと試してみるかとGeminiを自宅で契約した。最初は「TypeScriptの型ガードを3パターン書いて」といった小さな指示から始めた。だが、返ってくるコードの質が思った以上に高く、すぐに歯止めが効かなくなった。

プロンプトを考えては打ち込み、返ってきたコードを読んで、また修正を指示する。正月の3日間、ほぼ寝ずにこれを繰り返した。家族には「なんか怖い」と言われたが、手が止まらなかった。この往復を繰り返すうちに、少しずつわかってきた。これは「道具」というより「使役」に近い。自分が手を動かすのではなく、動かす相手に指示を出し、その結果に責任を持つ仕事なのだと。

で、1月5日。自分ルールを決めた。Claude Codeを使い、自分ではコードを一切書かない。仕事をしながら、AIを使役するというのがどういうことなのか、とことんやってみようと思った。

5ヶ月目の数値

指標開始時1ヶ月目3ヶ月目今回変化
レビュー負荷3587↑↑
アウトプット量4688↑→
エネルギー消耗感5686↑→

レビュー負荷が3ヶ月目に急上昇したのは、AIが吐き出すコードの量が自分の読める量を超え始めたからだ。1日に生成される数千行のコードを、すべて人間が追いかけるのは物理的に不可能だった。4〜5ヶ月目で少し下がったのは、レビューをAIにも手伝わせるようになったのと、スキルを抽象化して再利用できる形にしたことで「ゼロから指示を出す」頻度が減ったためだ。

それでも7は高い。AIにコードを書かせるほど、人間の判断が律速になっていく

アウトプット量は明らかに増えた。実務のプロダクトコードに対する機能追加やリファクタリングを、コードを一行も書かずに進められた。書くのが速くなったわけではない。書くという行為そのものを手放したのだ。

エネルギー消耗感は3ヶ月目にピークを迎えた。AIとの高速なやりとりに脳がついていかず、コードを書いていないのに疲労感だけが残る。4月には頭痛が日常的になり、夕方には思考が止まるようになった。これが「agentic codingのやりすぎで頭がおかしくなりそうになった話」につながっている。

5ヶ月で得たもの:チームに広がるポジティブサム

一番大きいのは、スキルを抽象化してチームに配る習慣が身についたことだ。

始めた当初は、とにかく自分一人でAIと格闘していた。毎回ゼロからプロンプトを書き、戻ってきたコードを読んで、また指示を出す。このサイクルを一人で回すのは、思ったより孤独で、しかも非効率だった。

たとえば「フォームコンポーネントを新しく作る」というタスクがあるたびに、Props設計の説明からエラーハンドリングの方針まで、毎回似たような前置きを書いている。2月の終わりに、あるPRを眺めていて気づいた。この指示、先週もほぼ同じものを書いたな、と。

そこから、一度うまくいった作業を「skill」としてまとめ始めた。最初は自分用のメモだった。Markdownファイルに「こう指示すればこう返ってくる」というパターンを記録していく。3月に試しにチームメンバーに共有してみたところ、予想以上の反響があった。

スキルを作って配ると、自分だけの効率化で終わらない。チームの誰かがさらに改良して返してくれることもある。ポジティブサムな関係が生まれるのは、この実験を始めて一番よかったことだ。

5ヶ月で失ったもの:属人性、効力感

一番痛かったのは、コードレビューでのボトルネック化だ。AIが1日で書いてくる量を、人間のレビュー速度でさばくのは物理的に無理がある。2月〜3月はとにかくレビューが溜まり、チームの進行を止めてしまうことが何度もあった。

AIはパターンとしての正しさは見てくれるが、プロダクトとしての正しさは見てくれない。AIに任せれば任せるほど、最後に人間の判断が求められる場面がくっきりと浮かび上がってくる。「agentic codingに『責任』だけは渡せない」ということだ。

そして、これが一番きつかったのだが、自分の属人性を失った

今までの経験やできることをskillとして落とし込み、人に配っていく過程で、自分が自分に対して持っていた特別感や効力感が、段階的に剥がれ落ちていった。「kinocoboyさんに頼まないと」と言われていたことが、「このskill使えば誰でもできますね」に変わる。

これは合理的には正しい。でも、人間の感情は合理的にできていない。15年かけて培った技術と経験が、たった数行のプロンプトで代替され、それをチームに配れば誰でも同じアウトプットが出せるようになる。AIが自分の未来を黒く塗りつぶしていくような感覚になり、この先どうやって生きていったらいいのかと、深夜のリビングで本気で考えたこともある。

しかし、そのフェーズを一周、二周と回るうちに、変わった。

属人性を手放したからこそ見える景色があった。自分の価値は「自分にしかできないこと」ではなく「自分が責任を持てる範囲」で決まるのだと気づいたとき、エンジニアとしての矜持が戻ってきた。

後輩育成に出始めている影響

自分でコードを書かないことが、ジュニアエンジニアに与える影響も見えてきた。

agentたちは、ジュニアが日々学んできたことを一足飛びに理解し、その学びを陳腐化させてしまう。たとえば「Reactの状態管理を理解した」「API設計の勘所がつかめてきた」という3ヶ月の学びが、AIの吐き出すコードの前では数秒で上書きされる。

職場の後輩がポツリと「自分が書かなくても動くなら、自分には何が残るんですかね」と言ったとき、返す言葉を探すのに時間がかかった。

コーディングはあくまで手段だ。問題は「本当に獲得したい未来を描けていない」ことにある。このプロダクトが、何の制約もなく正しく動くとしたら、どういう姿が美しいのか。その観点を伝え続けることが、これからのエンジニアに求められる役割になる。

まとめ:コードを書かなくなっても、エンジニアとしての研鑽は終わらない

エンジニアの責任とは、使う人・維持する人など、プロダクトにかかわるすべての人が安心して利用できる状態を続けるために存在する。AIがどれだけ賢くなっても、この責任だけは人間が負い続ける。

だからこそ、コーディングが人間の仕事でなくなっても、エンジニアとしての研鑽は終わらない。コードを書かなくなったのではない。コードを書く必要がなくなったぶん、より広い責任を引き受けられるようになったのだ。

今日から試すこと

今日、AIに書かせたコードのうち、なぜその設計でよいと判断したのか、自分の言葉で説明できるものはいくつあるだろう。説明できなければ、責任を取れていないのと同じだ。

そこが、コードを書かなくなった先に待っているエンジニアの新しい仕事だと、この5ヶ月で痛感した。