この記事でわかること
- なぜ「完璧を目指すほど生産性が下がる」のか
- ツール・効率化に没頭して壊れた私が実践している「減らす」技術
- AI時代に「やりすぎないこと」が武器になる理由
かつて私は、「完璧主義」の信者だった
エンジニアリングの世界は論理的で美しい。だからこそ、今この瞬間に「完成」し、今後のどんな変化にも確実に対処可能な、圧倒的な完全体を作ろうと躍起になっていた。
その頃の私は、毎朝最初に考えることが「今日のプロンプト」だった。
ChatGPTが出た頃の話だ。毎日プロンプトを研究しては「もっといい聞き方があるはず」と深夜まで試し続けた。Notionのデイリーノートのテンプレートが気に入らなくて、プロパティを追加しては削除している。気づいたら深夜2時。翌朝7時に起きるはずだったのに、まだ画面を見ている。
翌朝、目が覚めたらブラウザのタブが30個くらい開いたままだった。
最後に開いたのは、どっかのブログ記事。タイトルは「ChatGPTプロンプト完全ガイド」。内容は覚えていない。要するに、効率化しようとして、効率化そのものに没頭していた。
ツールを整理する時間が、仕事を超えた
それから3ヶ月くらいは、同じことを繰り返していた。
NotionからObsidianに移行して、プラグインを30個以上入れた。デイリーノートのテンプレートを自作しては直し、直してはまた気に入らなくなる。気づいたら、仕事をするためにツールを整備しているのか、ツールを整備するために仕事をしているのかわからなくなっていた。
同じ頃、ChatGPT、Claude、Gemini、Cursor、Copilotを全部契約した。どのツールで何を聞いたかすら覚えていなかった。毎朝、どのツールを使うか決めるだけで30分かかっていた。
服も選んでいた。リモートワークなのに、朝起きて最初に考えることが「今日何を着よう」だった。誰にも会わないのに、毎朝クローゼットの前で立ち止まる。小さな決断が積もって、夕方には頭が重くなっていた。
これは、ツールへの依存ではない。完璧を目指して費やした時間が、私の心を常に、理想と現実のギャップに苛め続けていたのだ。
2年分のデータが消えて気づいたこと
壊れたのは、Notionのデータベースを誤って消した日だった。
2年分のタスク管理、読書メモ、プロジェクト管理が一瞬で消えた。パニックになった。が、次の日、無印のノートを買ってきた。とにかく書きたかった。画面が見たくなかった。
紙に書いたことの8割は覚えていた。Notionに入れたタスクの8割は二度と見返さなかった。
それがわかったとき、バカバカしくなってやめた。全部閉じた。
私は、この「完璧」という名の幻想を追いかけることを、ある時、静かにやめた。そして、その瞬間に、私の生産性と幸福度は驚くほど向上したのだ。
「決めないこと」が生産性を上げる
全部やめてから、朝が変わった。
目覚ましが鳴っても、最初に考えることが「今日のプロンプト」ではなく「今日何を片付けるか」になった。
具体的に変わったことは3つだ。
- Notionを開く代わりに、紙のノートに一言書く
- 服を選ぶ代わりに、ツナギに袖を通す
- AIツールも一つに絞る。雑に指示して、会話で直す
これらは別々の話に見えるが、根っこは同じだ。自分にとって「決めなくていいこと」を増やすこと。決断が減れば、そのぶん本当に考えるべきことに頭を使える。
完璧を目指して費やした時間は、最後の20%を埋めるために80%のコストがかかっていた。その間、私は市場に出ず、何も価値を生み出さなかった。完璧な設計図の上で、ビジネスチャンスというカオスが通り過ぎていく。
最適化疲れから抜け出す3つの視点
1. 選択肢があるから疲れる
服を選ばなくなってから、朝が楽になった。机の上に物を置かなくなってから、作業開始までの心理的ハードルが下がった。
選択肢があるから疲れる。物理的に減らせば、そのぶん本当に考えるべきことに頭を使える。
「完璧」という幻想を追いかけていた頃の私は、常に自分を責めていた。まだ終わらない、まだ足りない、まだ美しくない、と。
しかし、「最適」で十分だと腹を括った瞬間、私は自分を責めることをやめた。「これは、今の自分にとって最適な80%だ」と、胸を張って言えるようになった。
2. 意志はすぐ尽きる
「今日から頑張る」と思っても、3日も続かない。
だから車中泊で物理的に何もできない状況を作る。分割キーボードで体を壊さない仕組みにする。環境が行動を決めるほうが、意志に頼るよりずっと長く続く。
私が学んだ教訓は、「不完全さには、将来の柔軟性という余地が残る」ということだ。重要なのは、一発で「完全体」を作ろうとしないことだ。代わりに、「今、この時点で最も最適な状態」を目指す。
- テストカバレッジは80%で十分
- 残りの20%は、ユーザーからのフィードバックを受けてから対応すればいい
- 設計はシンプルさを優先し、将来の拡張のためのレイヤーは、必要になったその時に組み込めばいい
硬い岩のように「完璧」を目指すのではなく、水のように「最適」な形に常に対応できるしなやかさこそ、私が身につけるべき武器なのだ。
3. AIに責任は渡せない
AIに任せれば任せるほど、自分で考えるのが面倒になっていく。
気づいたら、AIの出力をOKするだけの仕事になっていた。AIはよくできたペンだ。書くことがなければ何も書けない。自分で考え続ける習慣を持ち続けることが、AI時代に壊れずに働くための最低限の防衛線だ。
最適化疲れは「何もかもやめて原始的に生きる」ことではない。AIツールも効率化も否定しない。問題は「やりすぎ」だ。自分にとって必要十分なところで止める。その線を引けるかどうかが、これからのエンジニアには一番大事なスキルになる。
これ以上やらない、と決める
紙に戻って数週間して、同僚から「こんなレポートがある」とGlobal Wellness Summitの2026年トレンドレポートを教えてもらった。第2位に「The Over-Optimization Backlash」という項目があった。自分のやったことに偶然名前がついていただけで、悪い気はしなかった。
新しいツールが出ても、全部は使わない。習慣は増やさない。選択肢は減らす。最適化疲れへの対策は、これ以上やらないと決めることだ。自分の中に「もういいや」という声が出たら、それを信じる。それだけで、ずいぶん楽になる。
完璧を求め続けた結果、私たちは多くのものを失ってきた。時間、エネルギー、そして何より、仕事を楽しむ心の余裕を。
もしあなたが今、「完璧」という呪縛に苦しんでいるなら。一度、手を止めて「最適」で満足する訓練をしてみてほしい。その「手放し」の行為こそが、生産性を高め、そして何より、あなた自身の心を自由にする最も確実な道なのだから。
今日から試せる「減らす」習慣
今日、あなたが「やらなきゃ」と思っていることの中で、本当はやめても困らないことが一つはあるはずだ。
- 朝一番に使うツールを1つに絞る
- その日の服を前日の夜に決める
- Notionのテンプレートを1つ削る
- AIツールの契約を1つ解約する
「減らす」ことが、AI時代の一番シンプルな生存戦略だ。