紙に戻ったあと、もう一段あった
NotionとObsidianをやめて紙のノートにした話は前に書いた。そのあと数ヶ月、一冊のノートにすべてを書いていたのだが、どうも読み返す気にならないことに気づいた。
理由は単純で、殴り書きの汚い字と、あとで見返したい清書が同じノートに混ざっているからだ。思考中の走り書きと、整理された考えが同じ紙の上にあると、脳が「これは読み返すものではない」と判断してしまう。
2冊に分けたら全部噛み合った
| 殴り書きメモ | 清書ノート | |
|---|---|---|
| 用途 | 思考のダンプ、アイデア出し | 整理された考え、残すべきこと |
| 紙質 | なんでもいい | 少し厚めがいい |
| サイズ | A5〜B5 | A5 |
| 値段 | 安ければ安いほどいい | 多少高くてもいい |
| 一冊使い切る期間 | 1〜2週間 | 1〜3ヶ月 |
| 読み返すか | ほぼ読み返さない | 定期的に読み返す |
この2冊体制を機能させるルール
- 朝イチの考え事は殴り書きメモに全部出す(整理しない。とにかく書く)
- 昼過ぎに一旦殴り書きを見返し、残すべきことだけ清書ノートに転記する
- 清書は箇条書き禁止。必ず文章で書く(箇条書きは後から読んでも意味がわからなくなる)
- 殴り書きメモは使い切ったら即捨てる。溜め込まない
- 清書ノートはたまにパラパラ見返す(自分の思考の変化がわかって面白い)
なぜこれがうまくいくのか
殴り書きを清書するとき、自然と情報の取捨選択が起きる。朝書き散らかした10個のアイデアのうち、夕方になっても価値があると思えるのはせいぜい2〜3個だ。
この「一度寝かせてから選別する」というプロセスが、デジタルツールだと抜け落ちる。Notionは常に編集可能だから、書いたことをそのまま残してしまう。紙は転記という手間があるから、自然と取捨選択が入る。